一般人とか底辺の転落なんて面白くもなんともない。それどころか自分と同じ底辺が転落すると「え?既に底辺だったのにまだ落ちるの?これ以上落ちようが無かったじゃん」としか言えなくなる。
底辺は成功者の転落を喜んで面白がって眺めているけれど、だけど転落出来る程高みに登れる事自体がすごい事なんだ。
実際殆どの人はその位置には到達出来ない。要は「転落」という程の事態にはならない。ちょっとの傾斜を1歩とか半歩位登ったり下がったりを繰り返す程度だから転げ落ちもしないし上り詰めもしない。
どちらがいいか、どちらを望むのかなんじゃないかな。
私はあんまり変化の激しい人生は好きじゃないし羨ましくも思えない。平坦が一番。
そこまで考えて気付いた事があるんだけど、私はあまりアップダウンがある状態が好きじゃないというか嫌なんだな。そういう状態を物凄くストレスに感じるんだと思う。
だから成功している人の事もそこまで羨ましいとか妬ましく思わない。
ず~~~~~~~っと成功して高い場所に留まれるならば羨ましいけれど、何の努力もしなくてもそんなふうにいられるとは思えないし、それだったら最下位のままの状態で良くも悪くもならない方がまだマシじゃないかなって考えます。
多分今日と同じ明日を望んでいるんだと思います。
こんな毎日嫌だ。また今日と少しも変わらずにひたすら電話に出てひたすら注文を取る明日が嫌だと思っているんだけど、だけど実は今日と同じ明日を自ら望んでそれを引き寄せているんだと気付いた。
そう考えると、いくらこのままを自分が無意識に望んでいるとは言えど、今日と同じ明日を望んで受け入れてはダメだと思う。
変わらないってやっぱり良くないと思うから。今よりも悪くなる事を恐れているから変化を恐れるんだと思うんだわ。だから悪くなる、落ちるんじゃなくて、浮上するつもりで変化を望んでそして実際に変化させていかなくちゃならない。
成功者になる必要はなくて、億万長者になる必要も無いんだけど、少しずつアップを目指して階段を1段ずつ登らなくちゃ。
それってすごく私にとっては恐怖なんだけど、アップしてもまたダウンするかもしれないんだけど、それを恐れて何の変化もない未来を受け入れてはダメなんだ。
他人の転落を楽しんでいる暇があるならば自分を少しでも浮上させないとね。だけど物凄く成功している人がすごい勢いで一瞬で転げ落ちる様はドラマティックで楽しいのも事実なんだよね。
たまにはそういうのを見て溜飲下げるのもいいけど、それよりも明日は今日よりも少しでも成長している自分を目指してそういう方向へ1歩動いてみる事が大事ですよね。
それに成功者が転落して落ちぶれたように見えたって、本人はそこまでダメージを喰らっていないんじゃないかと思います。
もちろん落ち込んだり悔んだりもするだろうけど、きっとそこから挽回して「また元の位置まで這い上がってやる」っていうモチベーションで動き始めるんじゃないのかな。
成功を手にするような人は自ら色んなチャレンジが出来るし、失敗しても構わないからとにかく動いてみるっていうマインドを持てる人だと思う。
だから失敗して転落したとしてもそんなものは通過点だとしか考えないだろうし、だからまた自分の目標とか目的とか自分が本来いるべき場所に向けて歩き出すんだと思う。それも物凄い勢いで。
ま、つまりは何もしない、何も出来ない底辺が成功者を妬んで自分と似たような位置まで引きずり降ろしたいと願ったとしても、そしてそれが一時的に現実のものになったとしても再び成功者はまた別の道を進んで登っていってしまうわけだ。
そういう浮き沈みのある人生を耐えられるし恐らくそういう刺激がある方が楽しいと感じるんだろうね。
私には考えられないわ。想像しただけで鬱になりそうだもの(笑)
日々成長を求めるんだと心がけて過ごしてみたい。
常に意識するのは難しいから、1日の終わりに今日の良かった事を考えるついでに自分が昨日と比べて今日何を手に入れたか、どんなふうに成長したか振り返ってみる。
そして自分を褒めてみようと思います。そんな一日の締めくくりを毎日やってたら気分良く過ごせそうじゃない?
他人から見たら大した事なくても自分さえ気分良く楽しかったらそれで充分なんだと思います。だからそういう日々を目指そうと思います。
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